サン・ペドロ・スーラ
【2004年5月26日〜6月3日/9日間】

◎2004年5月26日(水)   【晴れ/最高:37度最低:30度
 7カ国目のホンジュラスへ

 26日間滞在したエル・サルバドルを出国し、7カ国目の訪問国ホンジュラスに入国した。国境付近は山深いところなので、それほど暑くなかったが、カリブ海に近づけば近づくほど、バスの車内がジリジリと暑くなっていった。窓を開けても熱風しか入ってこない。

 エル・サルバドルのラ・パルマ(La Palma)の宿を朝7時半に出て、ホンジュラスで2番目に大きな町で、カリブ海沿岸に近いサン・ペドロ・スーラ(San Pedro Sula)に到着したのは午後2時。ここはとにかく暑い!!!重い荷物を背負ってホテルを探していると、汗が次から次へと吹き出してくる。

 宿にチェックイン後、さっそく町に出てお金を調達しなければならない。ホンジュラスの通貨はレンピーラ(Lempira)1レンピーラは約6.5円。ATMは町じゅうにたくさんあるのだが、シティバンクのカードが使えるATMが全く見つからない。5ヶ所のATMをトライしたが、まったくらちがあかない。どうしようもなかったので、町で一番大きなホテルのフロントに駆け込み尋ねることにした。するとシティバンクのオフィスがあるということがわかったので、早速タクシーで行ってみたら、Credomaticという銀行のATMでこのカードが使えることがわかった。実はこの銀行は、尋ねたホテルの横にあったのだ。再び逆戻りし、やっとお金が調達できた。

 グアテマラ、エル・サルバドル、ホンジュラスと、お金を引き出すのにこのような苦労をしている。対策としては、国境である程度のお金を両替しておくこと、そして、まずはそこそこ大きな町に行き、シティバンクカードが使えるATMを何とか探すこと、を心がけるようにしている。それでもダメなら、米ドル建てのトラベラーズチェックを銀行の窓口に持ち込もうと思っている。

エル・サルバドル
の国境の町
エル・ポイ(El Poy)

◎2004年5月27日(木)  【晴れ/最高:37度最低:30度
 町を歩いて感じたこと

 サン・ペドロ・スーラの町を歩いてみた。ここはホンジュラスで2番目に大きな町なのだが、エル・サルバドルで2番目に大きな町、サンタ・アナとは比べものにならないくらい大都会だ。この町の中心には、巨大な銀行群のビルが建ち、アメリカのファーストフードチェーンが一通り揃っている。これほど多くのアメリカの店を見たのは、メキシコのカンクン以来だ。ちなみに、人口は、サンタ・アナが25万人、サン・ペドロ・スーラが44万人。

 それだけではなく、この町の人はなんかツンとしている。人々に笑顔が少なく、ちょっと気取っていて、愛想が全くない。店員はブスッとしていて、「何がそんなに気に入らんの?」と聞き返したくなるような態度だ。泊まった宿の受付のオバハンも、まるでお客が来たのが迷惑であるかのように無愛想に振る舞う。メキシコ以降のほとんどのホテルでは、チェックアウトの時は、「アディオス(さようなら)!」「ブエン・ビアヘ(いい旅を)!」などと言ってくれるのだが、昨日泊まったホテルは、「ヤーベ(鍵返せ)!」と愛想無しで言われただけだ。早速宿を代わったのは言うまでもない。こんなことは、中米に入って初めてのことだ。

 このままではホンジュラスが嫌いになりそうだが、サン・サルバドルの時のように、大都会だからなのかもしれない。早めにこの町を出て、ホンジュラスの田舎の町の人々はどうなのか、確かめたいと思う。

ホンジュラスの紙幣
レンピーラ(L)。
左側:1L、2L、5L、10L
右側:20L、50L、100L、500L

◎2004年5月28日(金)  【晴れ/最高:36度最低:28度
 この町の人は東京人

 しかし、サン・ペドロ・スーラの人たちはひどい!!こんな無愛想なラテン系の人は見たことがない。中華料理屋に入ると、店員は黙って私たちの方をジッと見て、何も言わない。閉店なのかなあ、と思ったくらいだ。その店のウエイトレスは、ガムを噛み、テレビを見ながら、ダラダラ仕事をし、箸を持ってくるように頼むと、黙ってジッと睨まれた。とうとう最後まで、私たちに一言も話さなかった。 コーヒー屋のウエイトレスは、しかめっ面でずっと仕事をしていた。発する言葉は、金額だけだ。

 「私たちアジア系の人に対してだけかも」と思い、他の人に対する店員の態度、現地の人同士の話し方、道行く人の表情などを観察すると、どうもそうではないようだ。たとえば、先ほどの喫茶店はかなり混んでいたのだが、現地人同士が合い席をする時に、黙って近づいてきて、黙って座り、目も全く合わさず、黙って飲んで、机の上を散らかしたまま、黙って去っていく。その時、この光景はどこかで見たことがあるぞ、と思った。そうだ、東京だ!満員電車の車内で、奥の人が降りる時、全く何も言わず、わざと周りの人に体をぶつけながら降りていく人がたくさんいた。この町の人は、東京の人と同じく知らない人同士のコミュニケーションが下手なのだろうか。いずれにしても、こんなラテン系の人々は初めて見た

 この町は早めに出て、カリブ海の町にでも行ってみようと思うが、これまでの経験から、カリブ海沿岸でいい人たちにほとんど出会ったことがない。あまり期待せずに行くことにしよう。

オバハンが無愛想な
宿泊中の宿
Hotel Terraza

◎2004年5月29日(土)  【晴れ/最高:35度最低:26度
 ホンジュラスってどんな国?

 中米7カ国の違いがまったくわからない人、たくさんいると思います。それどころか、「中米7カ国ってどこがあるの?」という人も多いでしょう。ちなみに中米7カ国とは、ベリーズ、グアテマラ、エル・サルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、コスタリカ、パナマのことを言います。実は私たちもこの旅の前までは、何も知りませんでした。というよりも、この旅でその違いを確かめたいと思っています。

 今日の日記は、現在滞在中のホンジュラスという国について、私たちが調べたものをご紹介いたします。

     **************************************
●場所はここ
●面積は日本の約3分の1。中米7カ国では、ニカラグアに次いで2番目に大きい。
●国土の約80%が山
人口は630万人。うち首都テグシガルパに100万人、サン・ペドロ・スーラに44万人。
●識字率は、約75%。
●スペイン系と先住民の混血メスティソが人口の約90%を占める。
●11月〜4月が乾季。5月〜10月が雨季。現在は、雨季に入ったばかり。といっても、まだ雨が降ったのを見たことがありません。
●GNPは、ラテンアメリカの中で、ハイチ、ニカラグアに次いで低い。
●失業率は30%近い。
●第一次産業(農業など)の人口は、全体の約60%。
●輸出品の80%は農産品。主に、バナナ、コーヒー、さとうきびなど。
●ホンジュラスの人口は、中米の人口の約16%しか占めていないにもかかわらず、エイズ患者については、中米全体のエイズ患者の約60%も占めている。ちなみに、私たちが現在滞在しているサン・ペドロ・スーラは、ホンジュラス全体のエイズ患者のうち、3分の1もいるため、「中米のエイズの首都」と言われているらしい。ちょっとびっくりした。
●ホンジュラスの観光の見どころは、「世界遺産のコパン遺跡」「カリブ海」ぐらいしかない、と言われている。
     **************************************

 まとめると、ホンジュラスは、「国土のほとんどが山で、ほとんどの人が都市部に住み、農業に従事し、どちらかと言うと貧乏な国で、観光の見どころもほとんどない」という国です。

 これからのホンジュラスの旅では、資料等からはわからない、「国民の気質」「隠れた見どころ」「うまい料理」などに触れていければ、と思ってます。

サン・ペドロ・スーラの
カテドラル(大聖堂)

◎2004年5月30日(日)  【晴れ/最高:35度最低:26度
 サッカーのホンジュラスチャンピョンを決める大一番開催

 サン・ペドロ・スーラは恐ろしく暑く、湿気がすごい。おまけに、泊まっている宿にはクーラーがない。毎日蒸し風呂の中で寝ているようだ。にもかかわらず、修一は風邪をひいてしまった。この町に到着したその日だけ、クーラー付きの部屋に泊まったのだが、その時に冷房を最強にして寝たからだと思う。ということで、昼間は部屋の中にいるとよけいに具合が悪くなりそうなので、冷房の効いているバーガーキングで過ごすことにした。

 夕方になると、なぜかバーガーキングに人が集まりだしてきた。全く注文しないで、みんな店内のテレビに注目しているのだ。実は今日は、サッカーのホンジュラスチャンピョンを決める大一番が開催される日のようだ。首都テグシガルパの「オリンピア」と、ここサン・ペドロ・スーラの「マラトン」の一戦というだけあって、店内は超満員で、ちょっと暗めのサン・ペドロ人もいつもより少しだけ盛り上がっていた。しかしこの雰囲気は、力道山の試合を見るために街頭テレビに集まっている昔の日本のようだった。やっぱりこの国では、テレビのある家は少ないのだろうか・・・。ちなみに結果は、1対0で「オリンピア」が勝ったので、試合後の町はシーンと静まり返っていた。

 当初の予定では、明日、この町を出る予定だったが、大事を取ってもう1日滞在することにした。

サッカーを観戦する
サン・ペドロの人たち。

首都テグシガルパの
試合会場は、
むちゃくちゃ
盛り上がっていたが、
サン・ペドロ人は、
もともと暗いのか、
劣勢だったからなのか、
盛り上がりは
ほんの少しだけだった。

◎2004年5月31日(月)  【晴れ/最高:34度最低:25度
 修一の咳が止まらなくなってきた

 修一の風邪がだんだんひどくなってきた。鼻水に加え、咳が止まらなくなった。町を歩いていても、こんな炎天下で咳をしている人なんて見たことがない。「何で俺だけやねん!」。だから、町中で咳をすると、「なんでこんな暑いのに、風邪をひいとるねん。アホちゃうか!」という感じで、みんなに注目される。ちなみに千賀は、すごく元気です。

 今日は、食事をするために外出しただけで、後は部屋で安静にしていた。明日出発の予定だったが、大事を取ってもう一日延期することにした。

カテドラル(大聖堂)の
中に集まっている人々

◎2004年6月1日(火)  【晴れのち雨/最高:33度最低:22度
 咳に加えて熱まで出てきた

 昨日の旅日記を書いた後、シャワーを浴びたら、急に寒気がした。熱を測ってみると38度。咳だけではなく、熱まで出てきたようだ。これほどまで体温が高くなったのは何年ぶりだろうか。今日は蒸し風呂のような部屋で昼まで寝て、たっぷり汗をかいて、食事もきっちり取るようにした。さらに、今日はたまたま雨が降って、夜は気温も低くなってくれたので、かなり体が楽になった。

 いつ出発できるかわからないが、体が回復するまでこの町にいることにする。

人類学歴史博物館

◎2004年6月2日(水)  【晴れ一時雨/最高:31度最低:20度
 熱は下がったが、頭痛が始まった

 咳はややおさまり、熱は平熱に戻ったのだが、体がだるくなり、頭痛と耳鳴りが始まった。これで、風邪の諸症状を全部体験したようだ。ということは、回復に向かっている証拠だと思う。

 ここ数日は、食事のため1日2回外出する以外は、ずっと部屋で安静にしている。サン・ペドロ・スーラの滞在が予定より長引いているが、体調が回復するまで無理せず、ここでじっくり体を休めようと思う。

 ちなみに、千賀に風邪がうつることはなく、今のところピンピンしている。

宿の部屋

◎2004年6月3日(木)  【晴れ時々曇り/最高:30度最低:18度
 修一の風邪、ほぼ回復

 予想外に長引いてしまい、風邪の全症状を体験した修一の風邪だが、ほぼ全面回復しつつある。病み上がりのため、ちょっと頭がフラついているが、サン・ペドロ・スーラにこれ以上いても、完全に治る気配がないので、明日は何としてもこの町を去るつもりだ。

 明日はカリブ海沿岸の町に行ってみようと思う。

宿の部屋
「エル・サルバドル 北部」に戻る       「旅日記」もくじ        「カリブ海」に進む